THIS IS THE LIFE

車両連結に時間がかかった割には、10分遅れの4:40にバラナシの駅に到着する。駅ではシヴァとヴィーノが待っていた。自分は昨日バラナシに戻ってくると伝えてあったが、移動時間が予想以上だったのと列車の時間が無かったため、昨日夕方にシヴァの友人の経営するホテルに電話で伝言を伝えておいたのだが、シヴァ達は既にその日の朝には駅で待っていたそうで、伝言を聞いていなかったらしい。つまり、丸1日駅で待っていたということになる。悪いことをした。

とりあえずディポジットを入れてあるホテルへ。今日の夕方に飛行機でデリーへ向かう予定だったため、宿泊費をディスカウントしてもらい、シャワーだけ浴びる。マークは別のホテルを予約してあったのでアドレスを交換して別れる。

夕方まで時間があるので、最後にもう一度ガンガーを見たいと連れて行ってもらう。途中の通りにパプーがいた。今日は他の観光客がとれなかったらしく、自分を見つけ「舟に乗るか」と聞いてきた。ガートから見ているつもりだったが、「お金の事なら心配いらないから乗っていけよ」という言葉に甘える。

まだ暗かったので牛グソトラップでこけそうになりながらガンガーへの細く暗い道を歩く。この時期、ガンガーからの日の出は6時頃。まだ少し時間があったのでチャイを飲む。パプーはガートでもお客を探していたが見つからなかったようで、結局また貸し切りボートとなる。シヴァと3人で朝焼けのガンガーを漕いでゆく。岸では朝もやの中おっさん達が野グソしている。そしてガンガーの水でケツを洗う。シヴァはそれらを指差して言った。「Look ! This is the life!」

牛グソ地雷が仕掛けられた危険なガート裏の暗い道

舟を降り、さすがにタダは申し訳ないと思い、パプーにチップを渡そうとすると、彼は「いや、いらない」と頑として受け取らなかった。

パプーは「お金は水のようなもので、留まることなく流れてゆく、でも友情というのはグラスのようなもので、一度壊れてしまうともう元に戻すことができない。またいつかここに来てくれればそれでいいと思っている」と逆にチャイと朝食のビスケットをおごってもらう。

またいつか会おう。とガンガーを後にする。帰り際の道で花紀京を見かける。 紀京はなぜか野菜を売っていた。

まだ時間があったので、シヴァの「俺の家で飯食っていけよ」という言葉に甘え、ヒンズー2号でうねうねした細い道を走り、バラナシ駅近くの住宅街にある彼の家に向かう。ほとんどの家がレンガで建てられており、地震があったらどうすんだ、といった造りである。。

彼の家もレンガ造りの3階建てで、別の一家が間借りして住んでいた。家族は妻、息子1人、弟とその妻と息子、妹、母親、ばあちゃんと大家族である。3歳になる息子はあまり家に帰ってこない父親に怒っているそうで、この日もちょっと不機嫌。屋上のテラスに行くと間借りしている家の子供達が算数の勉強をしていた。シヴァは息子と一緒に凧揚げしていた。家ではいいパパのようである。

子供達。屋上で宿題していた

昼になり、シヴァの奥さんの手料理をご馳走になる。シヴァ、ヴィーノと3人、屋上で食う。プーリという揚げたパンにカレーをつけて食べるのだが、コレがウマい。インド家庭の味。道路脇の屋台は衛生上よくないということで、彼ら自身もあまり食べないらしい。「家のが一番」と言っていた。

シヴァの家に来た観光客は自分が初めてだそうで間借り一家が珍しそうに見くる。その屋上からはバラナシ駅に入ってくる列車が見えて、シヴァもヴィーノも「あの列車はボンベイ行きだ」「あれはカルカッタへ向かう列車だ」とほぼ完璧に覚えていた。それもまた彼らの仕事の一部なのだろう。天気もよく、横になってゆっくりしたいくらいだったが空港で時間がかかるそうで、早目においとまする。

バラナシ空港までは結構遠い。ヒンズー2号は連日の激しい運転により、かなり疲弊しており、空港までの道のり何度かエンジンが止まりそうになっていた。空港前でこれまでのチップを渡し、ヴィーノには彼が欲しがっていたユニクロのパーカーをあげた。

ありがとうヒンズー2号、そしてバラナシのナイスガイたちよ。また会う日まで。

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