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掲示板なーのだ

さらば祇園精舎

腹痛はおさまらず、明け方までベッドとトイレの往復をくり返す。そんな事でウトウトとし、目覚めると朝7時少し前。速攻トイレへ。水が流れず、置いてあったバケツに水を汲んで流す。部屋の前は大きな食堂になっていて、既に朝食の準備がされていた。下痢ではあるが食欲はある。甘いチャイとパン、豆、チーズ、ダール、食後に甘いコーヒーがでる。一息ついてそろそろ行くことにする。部屋をかたずけ、感謝のドネーション(お布施)を渡し、寺院を後にする。
近くからバスが出ているという事だったので駅までバスで行くことにする。

バス停までの道を歩いていくと、寺で食事を作ってくれていたインド人の兄ちゃんがライフル銃を持って寺の周りをうろうろしている。物騒だ。何なのかと聞いてみると「公園の柵の外に出てきて悪さをする悪党サルどもを、威嚇射撃するのだ」との事である。ライフルを撃つと言っても空気銃の空砲である。

しばらく見ていると柵の外に出てきそうになったサル向けて「パスッ」と空砲を撃つとサルは「キーッ」とビビって逃げてゆく。銃口を向けただけでササっと逃げてゆく。一匹、園内から出て寺院隣の木の上に登ったサルがいたが、哀れ木の下からは大きな犬に吼えられ、兄ちゃんには威嚇射撃されまくってキーキーいっていた。
出てきたサルはいぢめられる

教えてもらった場所まで行くがバス停などどこにも無く、近くにいた人に聞くと、その辺にいればバスが来るから手を挙げて止めろとのことで、バグシーシ攻撃を受けながらバスを待つこと10分、黄色いバスらしき車がやってくる。中にはドライバーとは別に切符切りのおっさんがいて、駅までの運賃を尋ねたが、ヒンズー語しか話せないようで、いくらなのかわからない。
周りの乗客の中で英語のわかる人がいて、「8ルピーだ」と教えてくれる。行きのタクシー料金とはえらい違いだ。言葉の通じない切符おやじの代わりに、乗客の一人が通訳兼支払い窓口になってくれる。駅に着くと、「ここで降りろ」と周りのみんなが教えてくれる。乗客のみなさんに向かって「ダンニャワード」(ヒンズー語で「ありがとう」の意)と大きな声で言うと、みんな笑っていた。
バスを降り、バラナシへの乗換え駅までの切符を買って待合場に座っていると、周りからの興味津々ビームを体に浴びる。「ナマステ」と挨拶すると向こうも笑っていろいろ話しかけてくる。どうやら中国人と思われていたらしい。「こないだも、ネパール人に似ていると言われた」というと、みんな妙に納得していた。しばらく話しこんでいると、昨日サヘートで会ったマークがやってくる。

インドの車窓から
マークはインドにこの後6ヶ月以上滞在し、インド各地にあるメディテーションセンターで瞑想コースを受けるそうで、一回のコースは10日間とか、長いものになると2ヶ月位かかるものもあるらしい。オーストラリアでセラピーの先生をしており、今回は勉強の旅だそうである。彼もバラナシに行くということだったので、同じ車両に乗り、5人がけの向かい合わせの席に座る。
マークの隣には若夫婦とその子供が座っており、奥さんは鶴田真由似のインド美人。自分の隣には若者4名が座っていた。ボックス席のようになっているその座席に、先ほどホームで話していた彼らもやってきて、とても賑やかになる。誰かが途中で下車しても次に座った乗客が会話に参加して話が盛り上がり、なかなか楽しいひとときだった。
途中の駅、何もない
自分がバラナシ滞在中にこのくらいお金を使ったという話をマークにすると、彼は驚いて「ヒデ、そりゃインドで1ヶ月以上滞在する金額だ」と周りの人たちに、一般的なインドの生活費を聞く。入れ替わりに向かいに座った、紙器会社の社長というインド在住ネパール人が言うには、一般家庭の生活費は、妻、父、母、子供2人程度の家庭で、外食しなければ月1000〜1500ルピー程度だそうで、マークは「これ、webサイトに書いときなよ」と笑っていた。

午後3時に乗り換え駅ゴランプールに着き、バラナシ行きのチケットを予約する。夜の10:30発で翌朝4:30バラナシ着の列車しかなく、ここで予定外の7時間を過ごすハメになる。マークがガイドブックで調べたホテルで夜8時に待ち合わせることにして、しばし別行動。駅の荷物預かり所に鞄を預け、ゴランプールの街をブラブラする。この街が観光地ではないのと、クルターというインドの服を着ていたため、興味津々ビームも声をかけられる事もなく、完全に現地に溶け込み、屋台でフレッシュジュースやチャイを飲みながら商店街や裏路地を歩き回る。

歩いているとインターネットカフェを発見。多数のIT技術者を輩出しているというインドのネット環境を見てみようと寄ってみる。1時間20ルピーと書いてある。早速、店のおやじに金を払いホームページをひらいてみるが、これが激遅。ダイアルアップのアナログ回線並。6年前に自宅でインターネットに接続していた頃を思い出す。パソコンのスペックもショボショボで1時間にどれだけのサイトを閲覧できるのか疑問である。ヤフーメールを受信するも、日本語フォントもダウンロードできず。
そんな環境にも負けず、隣の若者2人は出会い系サイトに熱心にアクセスしていた。ヒンズー語のサイトだったが、出会いへの欲求はどこの国も同じらしい。8時少し前にマークと待ち合わせのホテルに行くと、またもや結婚式のパレードをやっていた。さすが結婚ラッシュシーズン。マークと飯を食いながらいろいろと話をする。彼の会話の中にはとてもクレバーさを感じさせるものがある。38歳だが独身で、まだ結婚したくないそうである。

食事をすませ駅へ。が、ここで思いもよらない事態となる。自分たちの買っていたチケットは寝台で、車両ナンバーがS2だった。ホームに行き、列車の後方からS4、S3と続き「ここだ」と乗車しようとした車両は、何とS1になっているではないか。自分たちの車両がないのである。

駅員室へ行き、チケットを見せて「S2がねーぞ、ゴルァ」と言うと「そんなことある訳ねーだろ。きちんと探しやがれ、この野郎」と強気の発言。S2の他の乗客もやってきて「うえぇぇーん、オレの車両がねーんだよぉぉー」と言われ、やっと駅員たちの協議が始まる。

S2が無いことを認めた駅員のおやじは、「チケット出しやがれ」とマークと自分のチケットを受け取り、何と赤ペンで車両番号を書き換え「ここで寝ろ」とぬかす。オメー、この席の客が乗って来たらどーすんだよ。と思いつつも駅員おやじの「ノープロブレムだ」という、いい加減な言葉を信じ赤ペン車両で寝ることに。

暴動寸前、S2車両の乗客
その後、発車予定時刻になっても動く気配なし。しばらくするとガイーンと大きな音が。S2車両が連結されたようだ。今回の寝台は3段ベッドになっていてエアコンなし。毛布も枕もないが160ルピーと安い。とりあえず横になれればいいというならこれで十分である。が、蚊が多く、一晩中ブーンという耳障りな音と、やかましい客の話し声で何度も目を覚ます。夜中は冷えるので、マークにブランケットを借り、くるまって寝る。