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インドの純愛男


泊まったホテルの部屋のすぐ上の屋上にボイラーがあり、朝6時から湯沸しが始まる。このホテルでは、湯を沸かすのは1日に1回だけらしく、タンク内のお湯が全て使用されるとシャワーは水になる。昨夜は水になっていたため、シャワー浴びれず。12月ともなるとインドも夜は冷える。5時半に待ち合わせていたので、またしても浴びれず。ロビーに出るとシヴァとヴィーノが外で待っていた。熱心である。早速ガンガーの日の出を見に行くことにする。

ガンガー夜明けの図
ガンガーに着き、ボートフィーが気になっていたので、花紀京をつかまえて金額を聞いてみる。すると何と昨日とあわせて150ドルだとぬかしやがる「何だと、コノヤロー」。紀京は彼と交渉してくれとある男を指差す。パプーというガタイのいい男である。

彼は、昨日乗っていたボートが通常は10人乗りで、それを一人で貸し切り状態で使用したからこの金額だと言う。が、そっちが勝手に乗せたんじゃねーか、デカいもちっこいもあるかっつーの。と主張し1時間あたりいくらにするかということで交渉する。合計8時間貸しきり料金、向こうの言い値は時間当たり500ルピー、こちらに言い値60ルピー。結局合計2500ルピーで手を打つ。これでもかなり痛い出費である。とりあえず乗れということで、夜明けのガンガーへ繰り出す。
昨日トゥントゥンが「明日も俺が漕いでやるぜ、チップはなしでいいからな」と言っていたのだが、値切ったからか、今日の漕ぎ手はパプー一人。さっきまでは交渉相手だったが、インド人は交渉終わればフレンドリーなもので、いろいろお互いの身の上話になる。

インドでは結婚してたくさんの子供をつくるのが幸せなことだと信じられており、男は働き家族を養い、女は専業主婦である。恋愛はあるものの、女は結婚まで操を守り通すのが普通だそうである。一般的には。そんなインド人においてパプーは結婚したくないそうで、このあたりはトゥントゥンと同じである(ちなみにパプーはトゥントゥンの従兄弟)が、その理由が違う。彼はある一人の女性を愛し続けていたのである。そしてその女性は日本人。(千葉県在住)
それは7年前、彼がまだ25歳だった頃、その女性はインドにやって来た。当時彼女は21歳。多分大学の卒業旅行だったのだろう、そしてこのバラナシの地で2人は出会う。彼女はリッチ(現地の感覚からすると)で食事も何かする時も全て彼女の支払い、宿泊していたホテルの入口で「彼は入れません」と言われた時に「私の友達なのよ!」と言って部屋にも連れて行ってくれたそうである。何日か一緒に行動するうちに、パプーは彼女のやさしさに恋心を抱いた。そして、彼女が日本に帰る日、告白したのである。「僕は君の事が好きだ。君を愛している」。が彼女は「私もあなたのことを大切な友達として好きよ」。とパプーの恋は終わったのであった。
お互いの住所を交換し、彼女は帰国した。その後、パプーは何度も彼女からの手紙に書かれた「来年はまたインドに行くわ」という言葉を信じて彼女がバラナシにやって来るのを7年間待ち続けているのだった。その間に、何人かのインドの女性から求婚されたそうだが、本当に愛しているのは彼女だと、全て断ったそうである。自分がWEBサイトに君の写真と一緒に出そうと言うと、「今あまりきれいな格好じゃないから彼女に見られると恥ずかしい」と言っていた。「彼女が自分のことを愛してくれていないのはわかっているけど、もう一度会いたい。この話は2人の秘密にしておいてくれ」。純愛を貫く男、パプー。
純愛男パプー

なんでもありのなんちゃってツーリスト達

シャワーを浴びたかったので、シヴァのオートリクシャー"ヒンズー2号"に乗ってホテルに戻る。ヒンズー2号は1日市外地の細い道、込みまくった信号のない交差点、そこは無理でしょう、と思う自転車の間も縦横無尽に走り回る。一度、前の車に突っ込んだが、お互い気にせず、ここでもノープロブレム。自転車もガンガン巻き込んでいたがこれもノープロブレム、無視。新車では走れない国である。
昨夜は遅く、今朝も早かったので、朝12時に再度来てもらうことにして部屋に戻り一眠り。
午後の部スタート。ヴァラナシヒンズー美術館へ。まだ彼らに金を払っていなかったのだが、予想外の出費にルピーも底をつきかけていたので、ATMへ寄ってもらうことにする。
5000ルピーおろす。とうとう手を出してしまった、キャッシングに。インドに行った後輩に「1万円あれば1週間生活できます」と聞いていたが、ここまで1日1万円のペースで使っている計算になる。日本より金がかかっているのは一体どういう事なのか…。しかし、この先、さらなる出費が待ち受けていたのであった。
キャッシングのATMで、きれいなインドのお姉ちゃんが待っていた。(ATM機のある部屋には1人づつしか入れない)ヒンズー2号に戻ると、シヴァが何やらお姉ちゃんを指し「今からお前の隣にあの女が乗ってくるから、口説け」。と言ってくる。俺がキャッシングしている間に客なしのリクシャーだと思い、大学まで乗っけてってくれと言ってきたらしい。シヴァがOKしたそうだが、相乗りということ伝えなかったようで、ちょっと不機嫌。が、その美人なお姉ちゃんと隣同士でしばしドライブ。学生かと聞くと、大学の職員だそうで、校舎近くで座席の上に4ルピーを置いて逃げるように行ってしまった。

無茶な運転にブチ壊れたヒンズー2号修理中
この大学はいわゆる芸大だそうで、美術館内でも写生に勤しむ学生が多数いた。自分の首からかけていたカメラがかなり変わったデザインのものだったので、すれ違うみんなに「そりゃ何じゃ、カメラか?」と珍しがられる。「ちょっと見せてくれ」という美術館受付の人達に「撮りましょうか?」と言うと嬉しがる。別に送る訳じゃないけど。1時間ほど見た後、ヒンズー2号に戻ると、シヴァとヴィーノは寝ていた。朝も早かったし、もうしばらく寝かせてあげようと思い、前の席に座ると2人とも起きて、構内のヴィシュワナート寺院へ行こうということになる。
寺院の前はちょうど昼ということもあり、多くの学生がサモサやその他飯を食っている。朝から何も食っていなかったので、シヴァとヴィーノを車で寝かせて、一人見学することに。ついでにサモサを食う。これまたウマウマ。2つで7ルピー。シヴァも腹減っていたようで、起きてくる。「腹減っているなら言ってくれればレストラン行ったのに」。と彼らは日本人が屋台のものをむやみに食べると腹こわすという事であまり勧めないが、自分としてはコレが食べたい訳で、そう伝えると、ノープロブレムと逆にシヴァが「コレも食うか、あれも食うか」。と勧めてくる。名前はわからんが全部ウマい。食い終わり、寺院内へ。ヒンズー教の寺院で庭がきれいだ。ヒンズー教の神はガネーシャ、ハヌマンなどたくさんおり、加えて違う呼び方があり、ややこしい。その聖なる寺院でシヴァの驚くべき体験談を聞いた。
インド大学生御用達のサモサ屋、激ウマ

インド式マッサージ


それは、彼が駅で日本人の女性(仮名A子、22歳 コンピュータ会社勤務)に声をかけたことに始まる。一人ヴァラナシに来たA子はシヴァのヒンズー2号に乗り、ホテルへ。インド式マッサージをしたかったらしく、シヴァにマッサージできるところはないかと聞いてきたらしい。シヴァは即座に「私マッサージャーです」と職業偽装。しかしA子はそれをすっかり信じてしまい、シヴァはA子のホテルの部屋に。A子はベッドに横になるものの、さすがに服を脱ぐのはためらわれたらしく、シャツを着たままだったそうだが、シヴァは「それではマッサージできません。もし、私が変な事をしたらポリスに訴えてください、お金もいりません」。と自宅の住所を紙に書いて渡したそうである。下着は着けていたものの、そこまで言われて安心したA子は、なんちゃってマッサージを受け、満足げ。シヴァに「何か飲みますか」。と言われ、「ビール」とA子。シヴァはダッシュで外にビールを買いに行き、A子の元へ。ちょっとほろ酔いになったA子は再度マッサージを、今度は素っ裸になって受けたそうである。そして、シヴァのインドマッサージは除々に性感マッサージへと変わっていったのであった。その時、何と、A子はシヴァのズボンのチャックを下ろし、×××を×××××してきたそうである。コレにはシヴァも驚いたそうだが、そのまま最後まで行ってしまった、そうである。インド式マッサージなどありません。日本人女性のみなさん、気をつけましょう。
その後、ガンガーのサンセットを見ようということで、再びガートへ向かう。ガートにはパプーとトゥントゥンがおり「もうボートチャーターする金がないから、ここで見てる」と言うと、パプーは「河に出ないと沈む夕日は見えないよ。今回はタダでいいから乗りな」
と2人乗り込む。3人乗り程度の小さなボートだ。沈む夕日を舟から見ながら「今度はいつインドに来るんだ?次に来る時までには自分のボートをこしらえて、タダで乗せてあげるよ。約束する。」とパプー。そして対岸へ。乾季のため、水位が半分くらいになっているため河底が露出している。対岸のガートに夕日が沈んでいく。今日も一日いろいろあったぜ。パプーとアドレスを交換して岸にもどり、チャイをおごってもらう。
あなどれない花売りの少女

インドのバー


今夜はシヴァの行きつけのバーがあるので、そこで飲むことになっていた。シヴァは酒好きらしい。正に不良ヒンズー教徒だ。が、愛嬌があり、憎めないキャラである。ホテルに戻りシャワーを浴び再度出発。ホテルマネージャーはシヴァ達に、「彼をどこに連れて行くつもりだ」と心配してくれていたが、「食事」ということで結局行く。インドのバーというのも見たかった。で、行った店はホテルから歩いていける場所にあった。バーというよりは普通のオープンエアーのレストラン。客全て男。女っ気なし。飛び込みではちょっと来れない。
通常レストランのメニューには、おおっぴらに酒は書いていない。一度ホテルでビールを頼んだが、中ビン位の大きさで120ルピーだった。日本円で約320円だから、インドの物価水準からいうとかなり高い。がこの店は、シヴァが「バーだ」というだけあって、メニューには酒がバシバシ書いてある。ビール中ビン75ルピーだった。

バーにはシヴァの友人達がおり、彼等と合流する。シヴァとヴィーノは今日あった出来事を彼らと話している。ヒンズー語はわからないが、どうやらATMのところでヒンズー2号に相乗りしてきたお姉ちゃんのことを話しているようだ。みんな笑って聞いていた。友人たちは4人いたが、その中でもシヴァが一番お調子者という感じだった。ヒンズー語も少し覚えていったので、ちょっと使うとみんな面白がってヒンズー語講座で盛り上がる。
仲間の一人はシヴァの実の弟で、もう一人はその親友らしい。みんな酒が強く、「こないだは1人ビール7本ずつ飲んだ」と言っていた。

その後、友人達は帰ったが、ヴィーノが「これ見てよ」と新聞を持ってくる。バラナシに来ていた日本人観光客が死亡したというニュースが載っていた。シヴァによると、彼はガートでインド人からタバコを勧められて吸い、ラリってホテルに帰った後、バスタブの中で水を出しっぱなしにして溺死したそうで、彼の口からは白いものが吐き出されていたそうである。タバコは多分マリファナなどだったのだろう(本人が知っていたかは不明)。そのヒンズー語の新聞には死後ベッドに横たわる彼の顔写真が掲載されていた。ヴィーノは「ガートで誰かに声をかけられても絶対に食べたり飲んだりしてはいけないよ」と何度も言っていたが、その記事を見せ「ね、だからだめなんだ」と真剣な顔つきで語る。
ヴィーノはあまり酒が強くないらしく、コップ2杯飲んで「もういい」と言っていたが、自分とシヴァはそれぞれビン2本ずつ飲む。かなりいい気分になり帰ることにする。タンドリーチキンフル(一羽)とサラダ、その他で750ルピー。ご馳走する。インドは飲酒運転がノープロブレムなのかどうかわからないがヒンズー2号で送ってもらう。彼らにいくらのチップを渡そうかずっと考えていた。そもそも最初は「満足しなければ金はいらん」と豪語していた。これまで「お前がハッピーなら、俺もハッピーだ」などと、一度も自分たちから金の話をしてこなかった。他のガイドはみんな「グッドサービス、グッドチップ」と暗に「満足したら金をくれ」的な話をしてくる。これはジョギンダもそうだった。インド的発送ではそれがお約束だと考えることにしていたが、その相場については難しいところである。
なんちゃってツーリストシヴァ(左)とヴィーノ

価格相場とチップ


インドは確かに物価が安く、ガイドブックにもリッチな気分が味わえると書いてあったが、その認識でインドに行くのは間違いである。確かに滞在するだけなら安い。その辺の屋台のサモサ8ルピー、ミネラルウォーター12ルピー、バナナ半房8ルピー、日本円のレートが1ルピー約2.7円(当時)だから食費は安い。
が、ガソリン1リットル29ルピーでヒンズー2号満タンにして27リットル入っていたから783ルピー。ビール一本酒場で75ルピー、携帯電話は本体価格1000ルピーくらいするそうだし、街中にあったブランドの服などになるとドル表示である。ホテルも安いところは1泊100ルピー以下で泊まれる、が4つ星。5つ星クラスは100ドル超える。

インドでは家族が多く、通常、母親、妻は外で働かない。そのため、一家を支える稼ぎは男の役割である。TVを見ているとアメリカや海外の番組もガンガン流れており、彼らの生活水準からしてみるとそういった国はリッチな訳である。当然、そんな情報を見れば、人間の自然な欲求として、いい生活をしたいというふうに思うのは当然である。が、現実は仕事がない。カーストも実際は残っているし。そこで、子供達はそこそこの年齢になると自分たちで稼がざるを得なくなる。しかし、人口の多いインドにおいては、競合が激しい訳で、そこに自分たちの水準からするとベリーリッチ(日本人は全てベリーリッチだと思われている)な観光客がやってくれば、営業の矛先がこちらに向いてくるのは当然で「買ってくれ」「何かくれ」「乗っていけ」となる。価格も外国人価格が適用される。タージマハルなどもインド人が20ルピーなのに外国人750ルピーだもんね。その他の観光地も全て同じ。国営からしてそうなワケで、一般ピープルはなおさらなのである。

安宿に泊まり買い物などもしない場合は1週間1万円の生活が可能ではある。自分は出来ることは何でも経験したいという考えだったので、極貧旅行はするつもりはなかったが、現状はオーバーフロー状態である。
ということで、彼らには1500ルピーずつのチップを渡す。彼らがそれでハッピーだったかどうかはわからない。